So-net無料ブログ作成
検索選択

信楽焼き肩つき茶入れ作り [<活動あれこれ>]

信楽焼きの肩つき茶入れをつくる教室に参加。
前回の茶碗作りはある程度成型されたものに自分らしく手を加えるというものだったから
今回もそうだろうと思っていったら大違い!
なんとゼロから!

土の塊ぼんと渡されて、先生の教え通りに作っていく。
土台を作って、その上に、土を紐状にこねたものを一段ずつ重ねていく。
一段載せては境目を綺麗に接合というのを繰り返す。
いや〜これが結構大変。
厚みが均等にならなくてはいけない。

そして難しいのが肩。
全体のバランスでしゅっと直線的にするか、
優しくするか。
肩つきの茶入れの見方の基準ができた気がする。

それから口の部分の立ち上がりや口まわり。
これがまたいっそう難しい。
口の大きさで蓋の大きさも決まる。
口が大きければ蓋も大きくなくてはいけなくて
象牙の蓋は大きければ大きいほど高価になってしまう。

そして最後は底の部分のバランス。
底の部分の形によって仕覆が変わってくる。
仕覆の両脇の留めの位置も。
仕覆からすっと出せる形がよいのだそうだ。


私はすっと細長で肩も優しげなものにした。
たぶんこれが自分の好きな茶入れの形なんだろうなぁと思う。
私は京焼きのような繊細さは好きではないけれど、
その一方初代長次郎のような重厚なものは好きでなくて
どこか繊細さ、はかなさを感じさせるようなものが好きなのだ。

京焼きは比較的派手なのでそこが苦手なのだろうと思う。
茶碗には静謐さがほしい。
あと、京焼きには具象柄が多く、具象はそれだけで充足していて、ナラティヴを誘発しないからだ。
抽象柄だと、それがいったい何を表しているかとか、それにつけられた銘とどのような関係があるか
についての想いを巡らせ、語りを誘う。
表象だけあって意味が欠如しているときに、人がそれを補うことを誘う。
「欠如」こそ「語り」を起動させる装置なのだ。
人間も何もかもさらけ出してしまう人よりも、どこか語られない秘めた部分のある人の方が
ずっと興味をひく。

中身結構漢なところがある私だけれど、
根っこの本能的な部分では存外世間いっぱんに「女性」らしいとされる好みがあるのかもしれない。
できあがった茶入れは、うん、私らしいと自分で思えるような満足いくものにしあがった。
凜としていながらもどこか優しさがある、そんな自分でいられたらと思う。


作ることで自分が好きなものが見えてくる。
そして
今までの料理や楽器などと同じで、単に受容するのではなく
創作・演奏する側に回るとどこが技巧的に難しいのかということがわかり鑑賞ポイントがわかる。
というか、作る側に回ると世界の見え方が変わる。
舞台のこちらとあちらでは違うように。
長唄を習い、日舞を習い、自分の表現する側として経験して
歌舞伎の舞台の見方が全く変わったように。
(たぶん、バイオリンかチェロを習うとオケの聴き方も変わるのだろうと思う。
そうそう、この間は、読響の定期演奏会にいった。
金曜日の夜のコンサートはとても豊かな気持ちになる。
1週間の仕事も終えて、明日は休みというリラックスした気持ちで音楽を楽しみ、とても気分がよい。
仕事帰りだから、そんなにおめかしというわけにもいかないけれど、
エレガントなシフォンスカーフを通勤バッグからとりだして、プラスするだけで嬉しい気分になる。
歌舞伎も夜7時から2時間というような見方ができるともっと観客増えるんじゃないかな?
たとえば4時半から6時半まで見て食事にいく観客のための席、
仕事の後19時から2時間見る観客のための席。
毎日といわず、金曜日だけでも金曜プレミアムシートみたいな席をつくったらどうかしら?)

今回は大いに勉強になった。
自分の作品の出来云々よりも作ったことによっていろんなものが見えてきた。
大きな収穫となった。

陶芸を作った後は銀座へでて、早速習ったことの実践として出光美術館で茶道具展を見る。
ここで私が気に入ったのはノンコウの「此花」と珠光青磁茶碗。
後者は淡い黄色の楚々としたたたずまいが気に入った。

帝劇の下の食堂街に寄ったら日曜だったのでかなり多くの店がお休み。
タニタ食堂ってここにあるのね。
アスリート食堂なるものも発見。
結局空いていたインドカレーの店でランチ。
(インドの派手な屋台が店頭に飾ってあって、中ではインドの歌やダンスのビデオが流されていた。)
平日訪れてみたい。

その後は、この前連休の混雑で屋上までたどり着けなかったGinza Sixへ。
さすがにもう空いていて、屋上までは楽々。
全体がガーデンになっているのだけれど
ごくごく浅く水が流されていて人が中に入れる人口池状のものがあり
座れるスペースもたくさんあった。
風が気持ちよく、銀座のいろんなビルが一望できて眺めがよい。
水の流れ落ちる音、そして風でゆれる木々の葉の音。
庭って音も大事だなぁと思った。
銀座のビルの屋上って普段眺めることがないけれど、
ここからいろんなビルの屋上が見えてちょっと面白い。
今度は夜来てみようと思う。
夜はデートスポットかもしれないね。

ついでにお気に入りのKirikoラウンジへ。
同じ高級志向ビルだけれど東急の方はいまいちフォーカスが曖昧。
Ginza Sixは草間彌生のバルーンオブジェを始め
蔦屋の日本文化コーナーにはたくさんの盆栽、また日本刀販売コーナーがあり
うまく外国人をキャッチできるような作り。
東急の方は何かつかめていない。
ビルの造形的には東急の方が芸術的だし、場所も悪くない。
Kirikoラウンジからは皇居ものぞけるし、
日暮れともなれば、夕焼けそして銀座のネオン、車のテールランプも綺麗に見える。
けれど、インスタ映えとなると、Ginza Sixに負けている。
訪れた人が写真を撮りたくなる度合いはGinza Sixの方がはるかに上。
しかもビルを訪れた記念グッズとして草間彌生のバルーンが売られている。
買物がなくても空間を楽しみに来て、ついでに目に付いた手の届くものをちょこっと買っていく。
(そうそう、刀剣コーナーにはさまざまな日本刀の柄のマスキングテープが売っていて、
おお、男性にあげたらちょっと受けそう!と思った。)
ビルを印象づけると同時に収益もあがるようにしっかりコンセプトが作られている感じ。
その一方屋上ガーデンは、儲け心もなく、ドリンク販売コーナーも自販機もなくて、すっきりとさせている。
戦略的によく練られているんだぁと思った。
(ちなみにKirikoラウンジも飲み物販売とかなくて、椅子もスタイリッシュでとてもよい空間。)
また、銀座の高いビルを背景に写真をとっている人も数多く見られて、
うん、やっぱりインスタ映えって今日集客のポイントだと思った。
今の時代、単に美味しいとか、素敵な商品を売っているだけではだめで
そこを訪れたことをSNSでアピールするべく写真をとるために絵的背景が優れていることが条件なのだ。
料理もそうだけどね。
キャラ弁に始まって、見た目インパクトの強いケーキや料理が溢れるようになったのは
皆、インスタを始めとしたSNSにアップすることを前提にしているからだ。
レストランも、味がどこもそこそこ同じなら、visual 的にインパクトのある料理や内装を売りにするのだろう。
そういう店はきっと次から次へと内装を替えるとか新しい料理をつくるとかしないとあきられてしまう。
インスタ映えを求める客は、味や雰囲気そのものよりも自分の背景や飾りとなるものとしてそれらを求めているのだもの。
このvisual 重視傾向はいったいいつまで続くことやら・・・


とりあえず、Ginza Sixの屋上、晴れている日は気持ちがよいのでオススメ!
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

トラックバック 0

この記事のトラックバックURL:
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。