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キッチン断捨離のための鍋比較 [<日々あれこれ>]

キッチン断捨離の一環として、圧力鍋の存続を検討している私、
とりあえず、圧力鍋を毎日使ってみることに。

今日は玄米炊飯。
玄米は発芽させた方が栄養的にもいいので、
いつもヨーグルティアを使って発芽させてから(12時間以上34度で放置)土鍋で炊いている。
沸騰してから弱火で17分程度。
(季節によって、この時間は短くなったり、長くなったり。
短くなると、ああもう夏が近づいているのね、とか長くなると冬がくるんだ〜としみじみ感じる。
もう電気釜を使わなくなってかれこれ20年近くになるだろうか。
それでも、低温調理に電気保温釜がいいと評判になったとき、
低温調理用に買おうかという気になったけど耐えた。)
その後、蒸らし。
まぁ、炊き始めて30分もあれば炊けるだろうか。

さて圧力鍋ではいかがか?
同じ状態のものを炊き始め高圧で15分、その後蒸らし。
(その後冷めたのを食べてみたら、冷めたのは圧力鍋版が結構イケると判明。)

よくブログとかで、圧力鍋だともちもちに炊けるとか書いてあるけれど、
食べてみると土鍋で炊いている方がはるかに美味しい。
(その後冷めたのを食べてみたら、冷めたのは圧力鍋版が結構イケると判明。)
時間的には土鍋炊きと10分程度しか違わない。
だったら土鍋で充分だ。
(土鍋といっても、普通の鍋のときに使うものではなく、炊飯をメイン目的としたもの。
雲井釜も検討したけれと、ものすごく重そうなので諦めた。現在しようしているものはそれほど重くなくそれほどがさばらないもの)

あと、圧力鍋調理で気になったのは栄養素の損失。
圧力鍋は圧力をかけることで沸点をあげて高温にする調理。
とすると、高温で破壊されやすいビタミン類を有しているものの調理はむかないことになる。
短時間で調理できるその代償が栄養価の減少なら、
よほど時間がない限りはスロークッキングで充分だなと思う。
それに、同じカロリーを摂取するなら、栄養価が高い方がいいわけで、
味も、栄養価も通常調理に劣るなら、敢えて圧力鍋を使う必要はない。

ただ、高温で短時間調理によって損なわれるビタミンの量と
通常温度で長時間調理によって損なわれるビタミン量とを比較する必要がある。
また費用対効果やエコの観点からも検討しないといけない。
10時間近く煮ないと柔らかくならないような肉の調理をする場合
ガス火をつけて放置しておくわけにはいかないしねぇ。
それに、この間の鰯の梅煮の場合、カルシウムは熱によって損なわれないのではないか?という考えもある。

そうして考えると、シャトルシェフで、ときどき火をいれつつ、
火からおろしして長時間保温調理すると、エコ、安全面はクリアできる。
シャトルで同じものを作ってみなければいけない。

ちなみに玄米ご飯、ルクルーゼで炊いたのはフツー。
シャトルシェフ、ハカセ鍋でも実験してみよう。
でも予測としては恐らく土鍋が勝つ。
土鍋はゆっくりあたたまってかつ温まった後はさめにくいので
始めチョロチョロ中パッパという昔ながらの米の炊き方に向いている。
シャトルもハカセ鍋も鍋自体は金属で薄いので沸騰までの時間が早すぎてしまう気がする。


そうそう、栄養分の溶出分の研究結果が栄養学雑誌記事にあって、
見てみたら、高圧調理が唯一通常調理に負けないものがあった。
それは大豆。
大豆の調理には圧力鍋はまずまずのようだ。
といって、大豆もシャトルシェフにいれて放置しておけばOKなので、
これまた私にとって圧力鍋の存在意義は薄い。

ああ、それでもなんだかんだいっても、WMFの圧力鍋は美しい。
しかも使い勝手がよくて、手入れもしやすいという用の美を体現している。
私が別れづらいのはそこだ・・・と今気づく。
これが美しくなければもっとあっさりさよならできるのに。
シャトルシェフもハカセ鍋も役に立つ子たちだけど、美しくないの。
道具とはすべからく、優れた機能を持ち、手入れしやすく(ここ大事。手入れしにくいと、美しさは保てない)、美しくあってほしい。


断捨離のいいところはやっている内に自分の価値感が明瞭になってくるところだ。
自分が何を日々大切にしたいのか。

最近、あまり何も考えずに、日頃のご飯作りをしていたけれど、
断捨離をきっかけに自分がこの先ずっとどういう食生活をしていきたいのか?
それには何が必要なのか?を総合的に考え始めた。

ラトゥールのアクター・ネットワーク論のごとく、
キッチンの道具だけとか食器だけとか切りはなして考えることは出来なくて、
キッチン道具、食器、食材、自分の体、生活スタイル、価値観、生き方と全てが切りはなせずつながっている。

着物を着ることにしても、私は、まとう時間、そして最終的な着姿の美しさを大事にしてきたわけで
結局食生活においてもその価値観は変わらない。

時間をかけて丁寧につくること。
つくることを楽しむこと。
そう考えれば何を捨て、何をとっておくべきかは自ずと明らかになるのだ。

着物でもただ眺めるだけでも満足できるものは捨てずにとってある。
美しいものは美しいというそれ以外の存在理由はいらない。
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