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<ジャズ・ヴォーカル>7・8月 [<ジャズ・ヴォーカル>]

夏らしい曲を!

ということで先月から「イパネマの娘」。
まぁ元はジャズじゃないけれど、夏らしいということでみんなが選んだ曲。
いいよね〜。
この曲聞くとロゼ・スパークリングを飲みながらぼーっとする夏の昼下がりな感じ。
これが海の見えるカフェかなんかだったら最高のシチュエーション。

でも、いざ歌ってみると難しいのよね。
字余りというかなんというか。
メロディーに対して言葉のシラブルが多いの。
元のポルトガル語も結構字余り。
それを英語に訳した歌詞はもっと変。
英語の強弱のアクセントとメロディー上の強弱、ストレスの位置とがあわないのね。

だから初めてこの歌を習うと最初の会はほぼ歌えない。
ある程度、いろんな歌手の歌を聞き込んで初めて歌える歌。

先月以来いろいろ聞いて今回はやっとまともに歌えた。
あとジャズお浚い会で自分が歌う歌を謡わせてもらった。
"Just in Time"
歌詞も好きだけれど、単純なメロディーをテンポをかえたり
自分流にアレンジして歌えるところが面白い。

レッスン後は仲間と先生とで食事。
これが実に楽しい。
Sさんは自転車という新しい趣味が加わって
マイサイズの自転車をカスタム・オーダーしたそうな。
Sさんは今回は自分のギターを持参して弾き歌いを発表会で披露するそうで、
Sさんのチャレンジ精神と積極性に脱帽。

私は、今回三味線の方で手一杯なので、
ジャズはあまり力をいれなくてもいいような曲にした。
まぁ、それもありでしょう。

昨夜、お浚い会で弾いている最中に居眠りして
いつのまにか、撥ではなくつま弾きになっていて
しかも三味線あるある的な「同じ場所をいつまでもぐるぐる弾いてしまう」に陥っていて
結局最後諦めてお師匠さんに10年近く習っていてもこんなにダメなんて
才能がないってことだから、もうやめます!と宣言するといういやな夢を見てしまった。
朝、目覚めてそれが夢だったことにホッとした。

よく考えてみると、才能がないから、だからなんだ?って思うのね。
だって、いい年して習い始めて、もともと音楽の素養があったわけじゃない。
しかもフルタイムで仕事してさして練習する時間もない。
才能も含めてそんな限られたリソースでやっているわけで、
それはそれなりのところにしかいかないのは始めからわかっていること。
だから何?
好きだったらそれでいいんじゃない?
まぁね、ただ真面目に練習していると、大人だけに対費用効果的(金額というよりは時間と努力ね)なものを求めてしまうわけでそれが自分をモヤモヤさせる。

限られた時間の中でこんなに真面目に練習していてそれでも上達しない自分が悲しいのね。
努力しても報われないのがこの世の常ってわかっているのに。
でも真面目さが足りないのかなぁなんても思ったり。


人生で、私的公的生活で報われないことは多々あるっていうか
それが当たり前だと思う。
「努力は報われる」というのははっきりって幻想。
それは成果の有無を自己責任に帰すイデオロギーでしかない。
「努力は報われない」のが八割がた。
たまに2割報ってやるあるいはわずかな例を大げさに報道することで幻想を維持しているのが社会。
とはいえ、努力をしないよりはした方が何かいいことがある確率はゼロよりは高いという
そのわずかな可能性に賭ける方がマシなのだ。

その成果が社会的基準ではゼロだとしても「努力をした」という自己満足は得られるわけで、
その自己満足という勲章はないよりはあった方が自己嫌悪しない。
そう、たぶん、努力をしない自分より努力をした自分の方が自分にとって気持ちがいい。
自分を嫌わずにいるためにはやっぱり努力を続けるしかないのだ。

自分のすることに評価を求めてはいけない。
結果はどうあれ、それをする自分が好きか、嫌いかということだ。
自分を好きでいたほうが、きっと気持ちのよい生活が送れる。

そう思うと、真実云々、データ云々よりも自分の直感が大事というポスト・真実の時代に
自分はいるのだと実感する。
未来の不確実な希望充足よりも、現在の自分が気持ちいいかどうかという体感的なもの重視の時代なのだ。


そんな風に考えても、日々粛々と練習するしかない自分がいる。
そしていつまでも上達しない自分に絶望するとか他人を羨望するとか
そういう感情は無駄であると改めて悟る。
そんなことを思っても得るものは何一つなく、マイナスしかない。
しばしば感情は肯定的行動を邪魔する。
練習にマイナスになる感情はいらないのだ。

たぶん、拙ブログを読んでくださっている方には
ある程度年齢がいってから長唄を習っている方もいらっしゃると思う。
自分も含めその方たちにいっておきたい。

他人を気にすることはマイナスでしかない。
自分が昨日より1ミリ前進することだけを考えれば良い。
フルタイムで仕事してるとか、介護しているか、子育てしてるとか
ひとがお稽古できる状況はさまざま。
ブログなんか見ると、自分が情けなく思ったりするときもあるかもしれないけど、
状況はさまざまで、ひとはその状況の中でベストを尽くすしかない。
だから、同じ年数習っていても自分はまだこんなところなのか・・・と思ったりすることもあるだろうけれど、
その人はその人の環境でしか練習できないので、
ひとと比べること自体がナンセンス。
自分が比べていいのは昨日の自分だけだ。
昨日の自分よりマシな自分になるために今日も頑張る。
毎日考えていいのはそれだけだと思う。
だから、明日も今日の私よりもよりよく生きるためにがんばろうっと!
っていうか頑張らなくてもよくて、自分を好きでいられるための生き方を明日もするだけなんだな。


こんなことをつらつら考えたのも先週の日・美の樹木希林さんのことばが心に残っていたから。
彼女は、仕事!って頑張る気はなくて、自分という人間をやるために、芝居をやっているそう。
魯山人の言葉よりも樹木希林さんの言葉の方が心に残る番組であった。


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